編集後記

 TIさんは毎回『例会報告』の原稿をかなり早い時期に書き上げ、編集担当者に宛て送付してくださいます。今回の原稿も昨年11月にはいただいており、私はその際に月野さんの訃報を知ることになりました。
 月野さんは、長年ナナカマドの会に参加されたメンバーのお一人で、新参者の私も入会当初の数年間ご一緒させていただきました。MMさんとデュエットをなさる機会が多く、ときどきつまずきながらも(?)いつも楽しげなお二人の演奏は、聴いていて、またそのご様子を拝見していて、大変心地の良いものであったことを記憶しています。そして、月野さんがそんな演奏の前後や懇親会で見せてくれた、ちょっとお茶目なあの快活な笑顔に、再び会うことが叶わないのが残念でなりません。心よりご冥福をお祈りいたします。
 さて、今回お届けする短信36号ですが、試みに、文字サイズを従来よりわずかに大きくしてみました。「読みやすさ」への配慮として、個人的にはさらにもうひと回り大きな文字にしてもよいくらいではないかとも考えていますが、いかがでしょうか。(KI)

2010年1月24日発行

短信35号をお届けします。
 今号は刀川さん、MBさんのご協力により、発表会特集と同じように増ページとなりました。MBさんの「我がフルート人生 今迄と今後」は「今迄」だけを掲載させていただいたので、「今後」については次号になります。
 私がAPAフルート例会で初めてMBさんにお会いしてからちょうど二年になりますが、ナナカマドで「フルートの虫」と呼ばれている私どころではない、経験年数も倍近い熱心なアマチュア演奏家であることをいろいろな場面で感じ、励みにもさせていただいています。自己紹介では大学時代のオケ活動について詳しく書いていただき、私が定年退職後に通勤するようになった西武新宿線で、MBさんご退職までの一年間、時々朝同じ電車に乗り合わせ、ひと駅5分間のフルート談義を楽しむ中で断片的にうかがっていたことなどが線でつながりました。
 MBさんの「今後」については次号掲載になりますが、ナナカマドメンバーにとっての今後とはどんなものなのか、ということをこのごろよく考えます。発表会に参加させていただいた吉祥ウインドアンサンブルは、50代の人もいるようですが、30才になったばかりというような若い人達が多いので、この楽団の10年後はどうなっているだろうか、などとは考えません。19才の見学者などもいるし、創立20周年をすでに過ぎているようですが、少しずつ若返りを繰り返しながらこのまま存続するのではないかと思えます。ナナカマドも自らの老齢をいとおしみつつ若返りも視野に入れることで末永く存続していけたらと思っています。  (MZ)

2009年10月4日発行

短信34号は、発表会に出場された皆様から多くの寄稿をいただき6ページ編成の拡大版となりました。なお今号の編集は新任のKIが担当しています。短信の編集は今後、MZさんとKIとの交互2人体制で担当させていただく予定です。よろしくお願いいたします。(KI)

2009年7月19日発行

短信33号をお届けします。
 淡々と続けられてきたナナカマドの例会にも、短信のサイズがA版に変わり、会場が初めて大泉学園駅近くのスタジオに設定される、などこのところ多少の変化がありました。三ヶ月単位で新しい曲を選んで発表できるところまで仕上げ、その場での練習もなく吹くこの会は、入会者を募るにはややハードルが高いのですが、何も知らずに見学を申し込んで飛び込んだ自分の大胆さに今更ながらあきれている私ももう3年目となりました。私の入会後、新しいメンバーを迎えることなく来ていますが、今年は新しい出会いがあることを望んでいます。
 多少の変化は短信の編集にも起こりそうです。私が独占するのはもったいない楽しい仕事であるこの編集を、「ナナカマド若手希望の星」KIさんに「交代で担当しませんか」と声をかけてみたところ、快諾していただけました。今後は本来の編集長平岡さんが復帰なさるまで、KIさんと私が号ごとに相談し、交代で編集を担当して行きたいと思います。会の仕事はできるだけメンバーで広く分担していくのがいいと私は考えていますし、KIさんにより、編集に若く新しい風が吹くことも期待しています。皆さんにご理解ご了承いただければ幸いです。                                                     
 発表会が迫って来ました。終了後には、恒例の感想文を皆さんにお願いする予定となっています。原稿はいつもどおりの短い感想文でも、選曲、曲作り、感想などを含む長い文でもどちらでもかまいません。34号に収まりきれない原稿については、場合によっては35号にも継続して掲載したいと思います。記憶が鮮明なうちに書いていただくのがいいと思いますので、発表会終了後二週間をメドにご提出下さるよう、ご協力をよろしくお願いいたします。  (MZ)

2009年4月26日発行

短信32号をお届けします。今年もよろしくお願いいたします。
 ほんのしばらくの間と思ってお引き受けした代理編集者もすでに5号目の発行となり、HIさんの1日も早い復帰を願う気持ちに変わりはありませんが、いつまでも腰掛け的に「その号暮らし」を続けるよりも、原稿の依頼も兼ねて、年の初めに1年間の予定を皆さんにご提案させていただきたいと思います。
 「私とレッスン」というテーマで皆さんからの原稿を掲載して来ましたが、残り何人かの方々からの原稿で33号を編集したいと思います。6月21日に発表会が予定されていますが、そのあとの35号は「発表会特集」としたいと思います。前回の発表会終了後の感想文には字数制限があり、すんだことは振り返らない、という考え方もありますが、私のように、選曲や曲作り、発表会が終われば録音CDを聴くなどしてあれこれ考える人間には十分書き尽くせない思いがありました。他の方々の選曲や練習のポイントなどについても知りたい気がします。ですから今回は字数にはあまり制限を加えず書いていただき、長い原稿もそのまま掲載し、OTさんからの発表会総括、全員から出していただく感想文、筒井さんからの例会報告のみで編集したいと思います。発表会の感想については心づもりをよろしくお願いいたします。
 その後の35号と36号については「私とレッスン」のテーマでの原稿を掲載しつつ、「フルート(音楽)四方山話」的な自由な題での原稿を、字数制限なしでお出しいただき、紙面を話題豊かなものにしていけたらと思います。年間4号の発行ですが、そのうち3号分に関して、文章を書くことが嫌いでない方々に、毎年1回程度、1ページ前後の字数の原稿を書いていただくことができれば、編集者が躍起になって原稿を集める苦労もなくなると思います。
 以上が大まかな1年間の発行予定なのですが、いかがでしょうか。発表会がほぼ一年半おきであり、今年の編集方針は来年にもそのまま当てはめることができると思います。「次号発行のためにとにかく月末までに原稿を」というようことでなく、締め切りなしでの余裕ある原稿依頼というのが編集者の理想ですので、ご協力をよろしくお願いいたします。前川さん、刀川さん、いつも短信発行にご協力いただき、ありがとうございます。以上のような予定ですので、短信33号、35号、36号に向けてのご投稿をお待ちしております。  (MZ)

2009年2月8日発行

短信31号をお届けします。
 前回例会でTIさんからB4用紙のストックが残り少なくなっている、というお話があったのをきっかけに、今号より仕上がりサイズを、これまでのB5からA4に変えました。
 長年慣れ親しんだBサイズが、最後の砦であった学校現場でも次第に使われなくなりつつあり、「わら半紙」という言葉もこのごろあまり耳にしなくなっていますが、これも時代の波でしょうか。学校でも見ることが多くなってきたA4プリントは、伝えたいメッセージに変わりがないのに紙のサイズだけが大きくなったため、コンパクトなB5に慣れている目にはいかにも大味で余白が虚しく、字も多すぎる感じがします。
 とはいえ今回A4で編集してみて、広くなった紙面が、フルートの楽しみを語る皆さんからの原稿を編集する上での余裕となって生きるのも確かだと感じるのですが、いかがでしょうか。今後もA4版短信の充実した紙面構成のために、メンバーおよびご支援いただいている各地の方々からのたくさんのご投稿を願っています。
 第60回・30号の節目から一歩踏み出した第61回例会、短信31号という場に身を置きながら、ナナカマドの歴史をほとんど知らない私ですが、いつも短信の記事に垣間見えるその歴史を、行間に読み取るのもとても楽しみです。今号ではTIさんとNMmさんお二人の「坂井さん像」が楽しく、改めて私からも、いつも支えて下さる坂井さんに感謝したいと思います。  (MZ)

2008年10月5日発行

ナナカマド短信30号編集後記
 ナナカマド30号をお届けします。今回も充実した紙面を組むことができました。KIさんからの原稿はギリギリになって届きましたが、すばらしい内容で、せっかちな代理編集者としても待った甲斐がありました。文章を読ませていただくことで、フルートの楽しみをまるでアンサンブルしているかのように共有でき、心の中に筆者にまつわる新しい空間が広がります。常連として登場していただけるようになった前川さん、刀川さん、今後もよろしくお願いいたします。
 前川さんからお預かりした二百曲の楽譜の整理がほぼ終わりました。OTさんが送って下さった詳細なリストと前川さんからのリストを照らし合わせたところ、ないのは1番とアルテ教則本第三巻だけだとわかりました。二百曲の中から、例会でブーケの二重奏を合奏する予定です。  (MZ)

2008年7月21日発行

短信29号をお届けします。
 鳴り物入りで登場した代理編集者、二号目にして原稿が集まらずはかなく引退、との予想でしたが、無事発行の運びとなりました。TIさん、NTさん、原稿ありがとうございました。TIさんの「料理とフルート」ですが、「後編」でいよいよ料理とフルートとの関わりが語られます。次号を楽しみにお待ち下さい。
 また、次号からは「私とレッスン」を共通テーマとして、皆さんにひとまわり原稿を書いていただこうかと思うのですが、いかがでしょうか。習う立場、教える立場、いろいろなレッスン経験について語っていただけたらと思います。前川さん、刀川さんからの同テーマでの原稿もお待ちしています。
 「ナナカマド」メンバーに新しい仲間が増え、その方々の自己紹介を掲載させていただくことも、今後HIさんが復帰されるまで、私が代理編集者として生き延びる道の一つかと思っています。  (MZ)

2008年4月6日発行

ナナカマド短信28号編集後記
 編集長のHIさんの休会により、入会一年のMZがご指名を受けて編集をお引き受けすることになりました。二つ返事すなわち怖いもの知らずで、ワードの使い方を習得しながらの編集でしたが、TIさんのご配慮と皆さんのご協力のお陰で何とか発行にこぎつけました。
 新米編集者として、紙面が埋まらないことを最も心配しましたが、前号掲載の拙文「稲穂の波」をお読みいただき、さらに思いがけない新しい世界を見せて下さった前川さん、北海道便りをお届け下さった刀川さん、発表会の感想をお寄せ下さった辻田さんからのご投稿は本当に心強く、感謝の気持ちでいっぱいでした。「情報は受けるばかりでなく発信もすべき」を「ナナカマド短信」のキーワードとし、今後も皆さんの温かいご支援とご投稿をお願いするとともに、HIさんの復帰を一日千秋の思いでお待ちしております。  (MZ)

2008年1月27日発行

ナナカマド短信27号をお届けします。
 小野田さんの続「話」がなくなったあとの紙面をもてあまし、MZさんにお願いした所、夕方お願いしてその日の夜には原稿を頂きました。大変な速筆かつ名文で、思わず「退職後は流行作家ですね」などと余計なことをお礼のメールに書いてしまいました。今後とも大いに期待したいと思います。  (HI)

2007年10月7日発行

ナナカマド短信26号をお届けします。
 例会報告にあるように小野田さんが退会され、残念ながら今回から続「話」がなくなりました。また、それに伴い、短信編集方針が多少変わっております。前回までは、ゲラの段階で小野田さんに校閲を願い、小野田さんの方針に従い、各寄稿を修正しておりましたが、今回からは、それぞれの原稿における仮名遣い、字下げ、送り仮名などは著者の個性と捉え、原文を尊重することにしました。  (HI)

2007年7月1日発行

ナナカマド短信25号をお届けします。
 新人のMZさんがフルートについての思いを熱烈に語ってくれました。なお、戸籍上の姓はM澤だそうですが、通常ペンネームとしてM沢をお使いとのことで統一してあります。  (HI)

2007年4月1日発行

 新年おめでとうございます。今年もどうぞよろしくお願い申し上げます。今年最初の短信24号をお届けします。
 TIさんの例会報告にも触れられていますが、第五回の発表会が、平成19年12月15日の土曜日に決まりました。これを機に、発表会、例会の候補日につき考えたいと思います。
 ゆめりあホールでは毎月10日に、一年後の一ヶ月間の予定を、午前9時までに集合した希望団体の代表者一名が参加する抽選会で順次決めていくやり方を取っています。具体的には、締め切った段階で団体数を確認し、福引きで使うガラガラに団体数までの数字を記入した玉を入れ、代表者が先着順にガラガラを回すと、数字を書いた玉が一つ転がり落ち、順位が決まります。希望団体数は最近ほぼ40団体前後、ホールの性格上、発表会が殆どで、必然的に日曜日、土曜日が優先的に確保されていきます。日曜日に限定すると月当たり4、5日なので、7番目位までの順位を確保しなければなりません。40団体のなかでこの順位を確保するのは、今までの経験からいっても極めて難しいと思われます。また、祝日は最近殆ど連休になりますので、聴衆動員からいうと祝日に発表会を設定するのは避けた方がよいと思われます。そこで今回のように土曜日を候補に入れると月に9日程度が選択肢になります。これならば、17、8番目でも何とか最後の候補日を確保できそうです。
 実は今回、7番目にもかかわらず、最後の土曜日であった12月15日をようやく押さえられる程度だったのは、年末とあって区の行事などですでに土日ともに2日ずつ程度占有されていたためで、6番の人が幸いにも24日を指定してくれたため、何とか滑り込んだという次第です。
 さて、例会の場所として、蛮果に変わって我々のターゲットとなった杉並公会堂スタジオA、C(ピアノ付き)の場合は、各月の三ヶ月前の月の3日午前九時までに集合した、各団体の代表者が先着順に裏返した番号札を係員から引き、その順番に希望の部屋、日時を押さえていきます。9時までに集合できるのは、団体代表者あるいは申請者のどちらかが杉並区在住でなければならず、区外者は午後2時からの第二ラウンドになります。4日からは区外者も含めて電話による仮押さえが可能です。第52回例会の時は、電話予約でも確保できたのですが、第53回例会の第一候補日3月25日は駄目でした。どんどん希望団体が増えているようです。そこで第二候補日の4月1日確保のため、年始振替で1月6日(土)となった申請日に杉並在住のNTさんの名義をお借りして出掛けました。集まったのは20人強。幸い二番札を引き、今回は順調にスタジオAを確保できました。
 杉並公会堂のスタジオもさらに確保が難しくなるのは時間の問題で、今後は例会発表会とも土曜日も含めて候補とし、メンバーから都合の悪い日をお知らせ頂き優先順位を決めていく方向で、例会で議論したいと思います。  (HI)

2007年1月14日発行

短信23号をお届けします。
 今回は第四回発表会関連記事があり、6頁立てになりました。皆様より頂いた感想文に題名のあったものはそのまま、なかったものは単に「感想文」とタイトルを付けて掲載しました。お送り頂いた文章の書式は各人の個性と考え、出来る限り尊重しました。金竹さんの感想文だけは、名文でしたがあまりに長大でしたので、さわりだけを採用しました。ご容赦下さい。 前回同様、発表会後の集合写真と打ち上げの様子を掲載しましたが、後者では残念ながらスペースの都合で皆様の写真が入っておらず、申し訳無い次第です。  (HI)

2006年10月8日発行

短信22号をお届けします。
 第50回例会企画で、曲に関する思い出あるいは思い入れを書いて頂いたため、久しぶりに6頁立てになりました。 事前に原稿を出されながら当日欠席されたKMさんの分は、次の機会に是非掲載したいと思います。  (HI)

2006年7月9日発行

短信21号をお届けします。
 TIさんの報告でもふれられていますが、今号から「私の練習法」として、毎回2〜3名の方に練習法をご披露頂くことにしました。 役に立つ情報が得られるものと大いに期待しているのですが、小生自身も順番が来たら書かねばならず、さて他の方のお役に立つ情報が提供できるのか、とこちらは不安になります。
 TIさんからは「ウィーン格安音楽の旅」が寄せられました。残念ながら紙面の都合で2回に分けてお送りすることになりましたが、 こちらは間違いなく楽しく、かつ役に立つ情報が一杯の体験記です。皆様も同様の体験記などありましたら、是非お寄せください。  (HI)

2006年4月2日発行

 あけましておめでとうございます。今年初めての短信20号をお届けします。
 気象庁が11月末に出した「この冬は暖冬」との長期予報はもろくも崩れ去り、12月には「この冬は20年ぶりの寒さになる」と訂正しました。東日本における12月の現実は、この修正すら控えめとなる、なんと1946年の平均気温の記録始まって以来の最低を更新、少なくとも60年ぶりの寒さだったようです。
 1月に入ってからは実感としてさらに冷え込み、日本海側では連日の大雪による家屋の倒壊、ついには雪下ろし中の事故などによる死亡者が100人を超えた、など痛ましい報道が相次いでいます。テレビで連日報道される豪雪地帯の現状は、住民の方々のご苦労を思って胸が痛くなるようなものですが、画面でインタビューに答える現地の方々は、意外に天候を恨むでもなく行政を恨むでもなく、「それでも、当地の春はすばらしい」など淡々としておられ、その前向きの姿勢には心を打たれます。
 このような気象状況を何故正確に予報できないのか、気象庁では世界最速クラスのスーパーコンピューター「地球シミュレーター」を使っているはずなのに、などと愚痴が出てしまいますが、どうも冬の寒さは北極の寒気がいくつかの方向にたこの足のように流れ出す事で決まっているようで、その足の位置がどの経度の方向に流れ出すかは今のスパコンによる計算でも推測が難しいのでしょう。
 空気の流れは目に見えず、それだけなかなか理解が難しいようです。フルートもまさに空気の流れを何とか操って音を出しているのですが、気象よりさらに難しいかもしれないその現象を、才能ある人は体感で解明して美しい音を出しているに違いない、というのが才能のない凡人の諦めに似た推測です。  (HI)

2006年1月29日発行

短信19号をお届けします。筒井さんの例会報告で、小生が第4回発表会の会場確保に成功した話がありますが、実を言うと、相変わらずくじ運は悪かったのですが、 幸い7月に比べ応募者が15人と少なく、かつ、夏休みシーズンのせいか上位当選者が平日を指定したため、何とか8月13日(日)を確保できた次第です。  (HI)

2005年10月2日発行

短信18号をお届けします。筒井さんの46回例会報告にありましたが、いささか時間をもてあまし気味でした。いままでのメンバー、特に女性陣がいろいろご家庭の都合もあって出席できない方が多いとのことで寂しい限りですが、何とか苦境を乗り越えてお出かけ頂きたいものです。 (HI)

2005年7月3日発行

短信17号をお届けします。今回は第三回発表会の後ですので、関連の報告をOTさんにお願いし、出演者の皆様には感想文をお願いして6ページ立てとしました。 遠方より我我の演奏を聞きに来て下さったHH様には発行人気付けでナナカマドの会宛てお手紙を頂きました。その中の固有名詞を省くことで感想文として短信に掲載することをお許し頂きました。 従って文中いささか唐突なところがあるとすれば発行人の責任です。 (HI)

2005年4月3日発行

 新年あけましておめでとうございます。短信16号をお届けします。
 平成16年は、筒井さんも書いているように、連続台風から新潟の地震、極めつけはインドネシア・タイの大津波と、年の後半から災害に明け暮れた年でした。また、会創立以来のメンバー高木正男さんを失いました。数年前に企業を定年退職され、例会出席を含め悠々自適の人生を送っておられました。まだお若いのに誠に残念で、ご冥福をお祈りする次第です。
 実は、私事にわたって恐縮ですが、小生も昨年末で定年を迎え、六年弱にわたる関西での単身赴任生活に終止符を打つことになりました。元々神戸の生まれですが、物心つく前に東京に移住し、以来関西とは縁がありませんでした。この単身赴任生活中に家内とともに単身寮(旧社宅なので家族が泊まれるのです)を拠点に京都、大阪、神戸、奈良、熊野、四国、山陰などを訪れ、混雑なく近場で楽しめる関西の良さを再認識しました。物価も安く、住むにもよいところです。
 単身赴任中は、例会出席については何とか都合をつけたものの、忘年会などとなると、なかなか出席できませんでした。これからは不義理をすることもなかろうとほっとしております。本年もよろしくお願いいたします。 (HI)

2005年1月23日発行

短信14号をお届けします。
 今回はいろいろな方から原稿を頂き、久々に6ページ立てになりました。
 6回にわたって連載頂いた金竹さんの「ダラスで暮らす」も、ご本人の帰国を迎えて今回で最終回となりました。アメリカの豊かな自然と、それに向ける金竹さんのまなざしの優しさを感じさせる好読み物でした。 (HI)

2004年7月4日発行

短信13号をお届けします。
 桜の開花も年々早まり、東京では今年は42回例会の1週間前にすでに満開になったようです。ただし小生の住んでいる明石ではまだ開花はほとんど見られず、例会の頃満開になりそうで、小生としては、満開の場所をすべてはずす事になりそうです。
 ちょっと気になって調べてみると、西の方から桜前線が進むと言っても開花予想日のグラフは相当に曲がりくねっており、かなり地域差があります。その中でも東京はいわば特異点で、突出して開花が早いようです。これもヒートアイランド現象の影響なのでしょうか。関西では大阪、神戸、明石の順に咲くようです。
 TIさんの例会報告にありますが、第41回例会にはお二人の若い方が初参加されました。MKさんの感想にあるナナカマドの会の「自分のペースでふける環境」はまさに貴重なもの、お二人には何とか継続的に会員になって貰いたいと思います。 (HI)

2004年4月4日発行