第62回例会報告( T I )
|
||
| 第62回ナナカマド例会は、平成21年2月8日(日)13時から杉並公会堂Aスタジオで開催された。晴天だが風が強く、寒い一日だった。 例会は原則として一月・四月・七月・十月の年四回、三ヶ月おきに開催されている。今年初の例会は、会場手配の関係で二月にずれ込んだが、風邪で参加できなかった呉さんを除き、常連会員全員11人が集合。年末年始の休みに練習した成果を持ち寄って演奏し、充実した例会となった。 いつもは参加者全員が一曲ずつ吹いてからミーティングを行い、それからコーヒーブレイクに入る。だが伴奏譜をうっかり置き忘れたメンバーが、急遽自宅まで取りに戻るハプニングなどあり、今回は先に喫茶コーナーでゆっくりお茶を飲んだ後、ミーティングとなった。所用で遅れたNMMさんもここで合流された。 先ず昨年の会計報告があった。今後も健全な収支を維持するため、年会費・当日会費とも若干増額の必要がある旨幹事から説明があり、会費の修正案が承認された。会員数が増えれば会の運営にもゆとりが出る。この会に馴染み、我々と共に笛を楽しんでいける何人かの方に、メンバーになって頂きたい。世代交代を無理なく進める、という面からも望ましいのではないだろうか。 次に練習スタジオの確保がますます難しくなってきており、その対策について意見交換した。会発足以来馴染んだ所沢のサロンが三年前に利用できなくなり、基本的にここ杉並公会堂がホームグラウンドとなっている。しかし良心的な価格で設備の整った練習場を確保するためには、利用月の三ヶ月前、月始めの三日九時に、会場確保の抽選に出向かねばならない。早朝から勤めのある方、そして住まいの遠い方にお願いするのは難しいので、公会堂近辺在住の一部のメンバーに、毎回抽選会参加の負荷が掛かることになる。また月によっては区の行事が予め入っていたり、抽選に参加するメンバーの籤運によって、確実に希望日が確保できるとは限らない。 何とかならないかということで、坂井さん、MZさんからの情報を頼りに、幹事が大泉学園駅北口にある貸しスタジオを訪ねてみた。規模・設備とも杉並のスタジオに引けをとらない上、料金もほぼ同等であり、何より良いのは電話で先の予約が可能、ということであった。 皆様に諮ったところ、一度やってみようということになり、四月例会と発表会直前五月の練習会(ゲネプロ)を、ここで開催することとした。私も含めメンバーには大泉の住民が多い。他の皆様にも気に入って頂ければここに定着し、継続的に例会を持つことになれば良いのではないだろうか。 次に短信の編集について前沢編集長から説明があった。今回配布の32号にも編集方針が詳しく述べられているが、その年の短信の発行予定を年初に立て、それに沿って進めていくことになる。原則は自主投稿とし、届かぬ原稿の催促に毎回追われてイライラすることなく、ゆとりを持って編集・発行したいということである。 私個人の思い入れではあるが、この短信はなかなか味があり、貴重な刊行物と決めつけている。編集長に協力し、会が続く限り短信の発行を大切に守っていきたいと思う。 また6月21日開催予定の発表会に関し、今回も担当をお願いするOTさんから、当日までのスケジュール・演奏曲の申請手順等についての説明があった。一人の持ち時間は20分、申請曲の締め切りは三月末と決まった。それを受け、発表会前に段取りした二度の例会で、それぞれ責任をもって仕上げることが確認された。 今回は年初の例会ということもあって、皆様に諮ることが多く、ミーティングに時間を取られた。そのため、後半の演奏が慌ただしくなってしまった。事前に楽譜を送付し準備した「女心の歌」「主よ人の望みの喜びよ」に全員合奏でとりかかり、二度ほど合わせ調子が出てきたところに、スタジオの受付から電話が入った。終了の五時になったとのことである。残念ながら合奏を中止し、帰り仕度と相成った。後半に申請した曲を演奏できずに終わった人も何人か出た。 本日も印象に残ったのは、やはりKMさんだった。前回はアルトフルートを楽々とゆとりをもって演奏されたのに、もうフルートは重たくて持てない、と冗談交じりに懐からピッコロを取り出し、クーラウとバッハの大曲を二曲演奏された。 月遅れの新年会には10人参加。いつも通り賑やかで楽しい飲み会だった。 |
||
|
短信33号(2009.4.26発行)より
|
||
|
|
||
|
|
||