帰り新参の弁

月 野 和 雄 

 よわい三十に近づくとご多分にもれず仕事の方も忙しくなり、レッスン前のさらう時間の確保が難しくなって教室への足が疎遠となり、いつとはなしにレッスンに通うことをやめてしまった。
 この頃に至っても腕前は未熟で、フルート仲間と気楽に合奏を楽しむレベルには遙かにおよばず、レッスンに通わなくなるとフルートに取り組む時間も段々と減り、ついには全く手にしなくなってフルートの手振り忘らえにけりの仕儀となってしまった。
 フルートと疎遠になってしまったが、それでもいつかは復活したいとの思いが残っていたので、フルートクラブは退会せずにいた。おかげで、吹けもしない曲の楽譜と会誌がごっそりと積み上がってしまった。
 このようにしてフルートを手にしなくなってから殆ど三十年の年月が過ぎてしまったが、さすがに定年間近かの年齢となると、時間的にも気分的にも多少のゆとりが感じられるようになり、またフルートを復活したいとの思いがつのってきた。
 そこで、押し入れから昔の楽器を引っ張り出して教則本の巻末にある修理の手引きを頼りに、タンポンの貼替えと調整に挑戦し辛うじて音が出せるようにした。
 そして、昔奏した覚えのある曲の吹き鳴らしを試みたが、かって、なんとかこなすことができた業が実行できず、もう一度レッスンに通って初歩からやり直せねばならないとつくづく感じた。
 しかしながら、孫といってもよいほどの若い人にまじって、白髪頭のさえない爺が幼稚な曲をもごもごと奏する姿は洒落にもならないといささか辟易していたが、勇を鼓してフルートクラブに年寄りの手引きをしていただける先達の紹介をお願いのところ、旧知の小野田氏から私がお手伝いしましょうとのお返事を頂いたので、それならば安心ということで勇躍西国分寺に移った日本フルートクラブに一週間おきの月二回通うこととした。
 クラブに通い始めてみると、中高年者が案外来ており、小生のような高年齢でも居場所に困るようなことはないことを発見し心穏やかとなった。また、レッスンも昔ほどには込み合わずじっくりと学べることもみつけものであった。
 レッスン再開にあたり、小生としては、アルテの教則本の最初から繰り返すつもりであったが、そこまで遡ることもあるまいとの、小野田氏の意見に従って十五課からやり直すこととなった。
 フルートに復帰したものの、最初はフルートがしっかりと鳴らずに難儀した。最近の新型フルートは、昔の旧型フルートに比べとても良く鳴るとのことで小野田氏の仲介により中古の新型洋銀製フルートを入手し、これを試みたところ前に比べると楽に音が出せるようになった。その後、小生と同じくフルートに再挑戦したいという学生時代の友人が現れたので、ともども新宿の村松楽器店を訪れたところ、たまたま新品同様のADが出物となっていたので、ついうかうかと衝動買いしてしまった。ところが、家に帰って喜び勇んで鳴らしてみたところ、先に買った洋銀製フルートとたいして響きに違いがないのである。そこで反省。実質初心者にとって楽器はほどほどに、なによりも練習怠りなきこと。
 フルートを再開して六十歳を越えた後も仕事に出ているので、練習は勤務先からの帰宅後の夜間の短時間と休日に多少頑張る程度で、相変わらず練習の絶対量不足の状態が続いている。          <続く>


(初出:ナナカマド短信1号/2001年3月1日)





帰り新参の弁 (続)

月 野 和 雄 


 そんなわけで、簡単な二重奏の曲を交えながらとはいえ、教則本の二巻までをおお甘に上げるのに殆ど三年かかったが、その間、レッスン仲間を集めて開かれる発表会に参加させていただき、仲間内とはいえ人前で演奏するちょっとした緊張感を久々に味わう機会を得ることができた。また、さまざまな腕前の人達が精進を重ねて応分の曲の演奏にチャレンジすることを通じてフルートを楽しんでいる姿に接し大いに啓発された。教則本の二巻を上げた頃に「ナナカマドの会」に入らないかとのお誘いがあったので、喜び勇んでお仲間に入れて頂くこととした。
 小生の腕前では三ヶ月毎の例会に皆さんに伍していくのがかなり大変である。しかし、そこは年寄りのこと、若い人に負けまいなどの功名心は神棚に上げておき、自分の身丈にあったいささか幼稚な曲を臆面もなく披露におよんでいる。そして、上手に助けられて二重奏、合奏曲に参加できたときは、これぞ音楽の喜びと大いに納得している。
 ナナカマドの会には演奏の稚拙にこだわらないおおらかさがあり、演奏が多少うまく行かないときでも、「いや失敗」と舌を出して引っ込むことができ、落ち込んでしまわなければならないような雰囲気はさらさらない。
 加えて、演奏の場の後に様々な分野の方々とふれあう機会がある席が設けられているので、自身がさして演奏しないときでも、この会への参加は小生にとって面白く楽しい。それゆえ、今後もあまり無理をせずに参加させて頂こうと思っている。
 ところが、ここへきて、仕事の面では、お国から研究開発補助金などを頂戴してしまったので、それなりにきちんとフォローせねばならず、家庭生活の面では、赤ん坊がいるようになってから小生宅の近所に移り住んできた共稼ぎの娘夫婦の子供つまり孫を週に何回か夕方から夜まで預かる羽目となり、かみさんだけでは面倒を見きれないので、勤め先から大急ぎで帰宅し、孫を構ったりなんやかやと家事の手助けをしなければならない仕儀となってしまい、ただでさえ少ないフルートの練習時間がさらに浸食されてしまう状況になってしまった。
 しかしながら、仕事はこの一二年で目処が付き、そのころには孫も聞き分けがあるようになるであろうから、ここは首を引っ込めてやり過ごすこととし、恥をさらしながらなんとかフルートを続けていこうとおもっている。
 右のように、小生、帰り新参となってフルートを再開してみたものの、いつまでたっても腕前は上がらず、いささか情けない状況にある。しかしながらフルートを再開したことによって新たな世界を垣間見ることができ、得ることができた喜び楽しみはなかなか大きい。それゆえ、昔フルートを多少嗜んだが、今は止めてしまっている御仁をみると、ついもう一度フルートをやってみませんかと声を掛けたくなってしまうのである。〈了〉

(初出:ナナカマド短信2号/2001年5月18日)


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