私とフルート

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 高校の教員になって2年目に、特に何の考えもなく始めたフルートですが、苦労なく音が出て、先生が「あらっ」とおっしゃったのを今でも覚えています。アルテの2巻が終わったあたりで子育てが始まり、細々と続けていたレッスンも12年のブランクとなりました。四十代に入ると仕事に熱中できるようになり、それと共に気晴らしが欲しくなり、独身時代にボーナスをはたいて買ったフルートを押入から出してきました。3ヶ月ほどは音符も読めず、忘れてしまった指使いを思い出すのが精一杯で汗だくでしたが、ソロソロと歩き始め、早足になり、そのうち脇目もふらず走り出し、現在に至っています。フルート人生の前半と後半でアルテの2巻は2回やったことになりますが、足早になってきたのは、再びボーナスをはたいて今のフルートに持ち替え、定期レッスン以外にフルートオーケストラに参加するようになったころでしょうか。音楽は鑑賞のみで吹奏楽などの経験もなく、初見が全くできないのでひどく苦労しましたが、フルート曲以外のいろいろな曲を演奏する楽しさを知りました。現在はフルートアンサンブルに参加し、勤めている学校の吹奏楽部や音楽の先生と一緒に演奏するなど、土日のフルートの活動を楽しみに平日は体力を温存しながら働く、という日日になっています。

 このようなフルート人生ですから、ドイツ語音階も分からない不器用な素人で、しかもまもなく60歳、あと何年吹けるのだろうか、と不安を覚えつつ、発表の機会を得ることで自分なりに曲を仕上げることを続けたいと思っています。そういう時期にナナカマドを知り、参加させていただけたことをとても嬉しく思っています。
 フルートへの思いはなかなかに複雑なものがあります。同僚の結婚式で吹いたりする機会もあり、「お上手」「音楽の先生ですか」などとほめられると、いい気になって木に駆け登る反面、音程、指の動かなさ、音楽作りのつたなさへの自覚も強烈です。「吹いていて楽しければいい」「プロじゃないんだから」というような言葉で割り切ることができない、音楽への強い思いを持てあましつつ、体調のひどく悪い日と旅行に行く時以外、毎日練習を休むことがありません。
 ここ何年か、どんな名曲、難曲であっても、自分の感性に響かない曲をプラスになるはずだと我慢して吹くより、限りあるフルート人生、吹きたい曲を吹こう、と思って曲を選んでいます。数年前、バッハの無伴奏パルティータを「人生の目標みたいな曲です」と言って吹いたことがありますが、勿論、「目標」らしく立派に吹けたわけではありません。目標の周辺をさまよう感じで、無伴奏チェロ組曲、組曲ハ短調、いくつかのソナタなどに取り組んでいますが、フルートオーケストラに参加するようになってバッハ人間の殻を破り、華麗なオーケストラ曲にも惹かれるようになりました。
 練習中の曲は、吹奏楽部で吹く「ラプソデイー・イン・ブルー」「パイレーツ・オブ・カリビアン」「君の瞳に恋してる」「リトル・マーメイド」、アンサンブルで吹くチェレプニンのフルート四重奏曲、シューベルトの「ソナチネ」、そして4月の例会のための「スペインのラ・フォリア」(マラン・マレー)、「スラブ舞曲第10番」(ドボルザーク)などです。吹奏楽では若者好みの意味不明なポピュラー曲に、アンサンブルでは音程に、独奏では理想に遠く及ばないドタドタした吹き方に、それぞれ苦しみながら譜面が散乱する忙しい日々、フルートは今や私の呼吸そのものとなっています。 

(初出:ナナカマド短信25号/2007年4月1日)


稲穂の波

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 一つ一つの夏に思い出があるのは若者の特権ではない、と思える楽しい曲にこの夏出会うことができました。 その曲の作者は福島弘和、東京音楽大学卒業、同大学研究科修了、オーボエを、吉良憲裕氏、浜道晁氏、作曲を有馬礼子氏に師事。現在、オーケストラ、吹奏楽曲を中心に作編曲活動。1997年吹奏楽曲「稲穂の波」で朝日作曲賞入選。この曲は1998年度全日本吹奏楽コンクール課題曲となったそうです。
 私はある都立高校の教員ですが、趣味がフルートだということで吹奏楽部と文化祭や定演で一緒に吹いています。部員がたくさんいたころは、遠慮しながら吹奏楽の仲間に入れてもらっている感じでしたが、部員がどんどん減り、ついに4人いたフルートが1人もいなくなってしまい、フルートがいないからお願いします、ということでかなり「でかい面」で参加するようになりました。複数同じ楽器がいると音程を合わせる必要があり、神経を使いますが、本当にフルートが私1人だったある時の定演は、気を遣うことなく派手に吹けて楽しかったですね。でもその後1人新入生がフルートで入り、3オクターブ音が出るようになるまで何とか私が教え、現在部員は7人。そんな部活、もうつぶれてるんじゃないの?と言われそうですが、筋金入りの音楽好きが5人ほどいて、この夏休みもお盆の1週間を除いて毎日練習していました。
 さて、「稲穂の波」ですが、中学生レベルのスウェアリンジェンなどと違い、三連符の多い工夫をこらした曲で、50人規模の「大吹奏楽曲」、それを私を入れた8人で一体どう演奏するのだ、と思いましたが、指導の音楽の先生はまったく動じることなく、練習が始まりました。吹奏楽でのフルートの立場は非常に弱く、クラリネットが出てくるともうほとんど聞こえない寂しいパートですが、クラリネットが1人しかいないのでその分フルートはよく聞こえてしまいます。それどころか、オーボエがいないからここも吹け、と本来なら休んでいられるところまで吹くことになりました。最初のシンバルはトランペットの生徒が前に出てきてたたき、曲がスタートしたら元のパートに。曲の途中のシンバルは指揮者がちょっと横を向いてたたいて、また指揮に戻ります。パートは生徒が主役だから、とファーストを任せても、高音などかすれて出ないため、私はファーストとセカンドの両方を見て吹く音を決めました。
 夏休み中、生徒達は曲のテンポが変わるところまでを区切ってメトロノームをかけて根気強く自分たちだけで練習していました。私はフルートを始めたのが24才で、吹奏楽はまったく経験がないし、音楽の基礎もないので指導的な立場には立たないことにしています。私のような年齢の者が17才の生徒達と一緒に演奏しているのは周囲からは奇妙に写るでしょうが、生徒達は1パートメンバーとして自然に受け入れてくれています。パート練習を家でかなり真剣にやり、合奏は時間ができた時のみ参加して夏が終わりました。その時点ではこの曲はまだあまり好きになれないままでした。
 夏休みが終わって文化祭はまで2週間ほどでしたが、最初から最後まで音がつながるのかどうかもあやふやなまま、本番となりました。合奏練習のたびにトランペットやクラリネットが失敗し、曲が中断するところを指揮者がフンフンと歌って切り抜けて先へ進む、という状態のまま。リハーサルでも私を含めていろいろ失敗ばかりで、発表の機会が多くなってあまりあがらなくなっている私も手に汗をかき、額からも汗が流れる中、幕が開きました。終わってから、聴いてくれていた同僚への第一声は「曲が最初から最後までつながっていた?」という質問でした。8人で演奏した「稲穂の波」はどんな音楽だったのでしょうか。メトロノームで真面目に練習した成果は確かにあったのですが、何と言っても音が足りません。でも他の仕事で忙しく、演奏が終わって体育館から走り去った私には、出来がどうだったかということを振り返る暇はありませんでした。嬉しかったのは、「幕が下りたあと、ハ〜〜、終わった〜〜、という前沢さんのため息が聞こえてくるようだった」という同僚からのねぎらいの言葉でした。
 50人の演奏ビデオを聴いてみると、この曲は各パートが掛け合いで稲穂の波の雰囲気を出している凝った作りなのがよく分かり、「日本の田舎のどこにでも見られる水田の様子。夏は、突き抜ける空の青と力強い稲の緑のコントラスト。秋は、金色に実り頭をたれた稲穂が風になびいている・・・・このような四季を通じて移り変わる風景」がよく表現されている、それぞれの楽器の表情が豊かないい曲だと思えるようになりました。それを表現するにはほど遠いレベルでしたが、1人1パートの管楽器アンサンブル(しかも中にとんでもなく年齢の違う者が1人いて懸命に吹いている)もそれなりに楽しいものだ、とも思えた夏でした。

(初出:ナナカマド短信27号/2007年10月7日)

二百曲の楽譜(1)

M Z  


 二月上旬に、私が前川さんより二百曲ものフルート曲の楽譜をお預かりすることになった経緯については、メンバーへのメールでお伝えした通りです。本来なら「そんな貴重なものをいただくなんて」と遠慮すべきところですが、子供のように舞い上がり、ストレートにお言葉に甘えることになりました。      
 曲のリストを作り、必要に応じて皆さんに使っていただこうと思っているのですが、退職間際で仕事に追われていて、少し時間がかかりそうです。
 せっかくお預かりした貴重な楽譜を一日でも眠らせておくのはもったいないので、初見が苦手、という弱点を少しでも克服するため、とにかく楽譜を手に取って吹いてみる、ということを少しずつ始めています。よく知っている曲では初見の練習にならないので、C.P.E. バッハの「ハンブルガー・ソナタ」のような、CDで聴くことが少なく、ポピュラーな名曲からちょっとだけはずれた曲、というのを選ぶ基準として、続けて行くつもりです。もっと指が回るようになりたい、譜面を読めるようになりたい・・・フルートへの想いは尽きることがありません。
 今後も二百曲の楽譜にまつわる報告を短信で続けて行きたいと思っています。

(初出:ナナカマド短信29号/2008年4月6日)

「第九」の木管楽器

M Z  


 定年退職となり、多少時間の余裕ができた去年は、11月中に早ばやとレニングラード国立歌劇場管弦楽団の「第九」のチケットを購入できました。暮れも押し迫った12月30日、ワクワクしながら東京オペラシテイに出かけたところ、座席は舞台を見下ろす右サイドでした。トロンボーンまでは見えますが、その右にどんな金管楽器がいるのかも、チェロが何人いるのかも分からず、コントラバスは全く見えない位置でしたが、木管楽器が間近によく見えます。寄り添うように一番フルートと一番オーボエが並び、クラリネットとファゴットはその後ろです。曲の間じゅう、フルートその他の木管楽器ばかりを見ていることになりましたが、二年ほど前にN響の「第九」を左側前方の席で聴いた時とは違う面白さがありました。
 曲の始まりからフルートばかり見つめているうちにだんだん、「第九」は木管楽器が活躍する曲だということが分かって来ました。しかも「おいしい」のは一番フルートのみ、二番フルートはよく聞こえないところを一緒に吹くだけです。一番フルートに関しては、オーボエとの掛け合いが多く、クラリネットもあまりこの曲では目立ちません。トランペット、トロンボーンなどもほんの伴奏程度です。「第九」の第三楽章までで印象に残る美しいパッセージはほとんどフルートとオーボエが担っていると言ってもいいぐらいに思えました。音程を合わせようとするかのように聴き合って吹いている感じが印象的でした。
 そしてピッコロですが、合唱団が日本人的に異常なほど静かに整然と入場するのと一緒に入ってきました。第三楽章の間、何もすることがないのは合唱団と同じです。入場したなり異常なほどお行儀よく座っている日本人合唱団と違い、腕を組んだりピッコロを拭いたり、何となくモゾモゾ動いて第三楽章を過ごしていました。入ってきた時に、二番フルートの奏者と、いかにも女性同士という感じで雑談でもしそうに目で合図しあっているのもリラックス感抜群でした。第四楽章に入ると出番になり、リラックスしたまま楽しそうに吹き始め、途中またしばらく暇そうにピッコロを拭いていましたが、フィナーレは50人はいるであろう管弦楽団の中のたった一人の奏者でありながら、ホールを制覇する音の響きはなかなか見事でした。フルートとピッコロはすごい!私もフルートをまた来年頑張ろう、と思えた年末でした。

(初出:ナナカマド短信32号/2009年2月8日)


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